戦いたくなくても戦うしかない日常、そして人生。 「手に魂を込め、歩いてみれば」イラン×パレスチナの映画

猫が歩き回りるおしゃれ感漂う部屋から
イラン人の映画監督セビデ・ファルシは
爆音が響き渡るガザの瓦礫の町で逃げ惑う
パレスチナ人の女性ファトマ・ハッスーナに語りかける。

ファトマはまだ24歳。
監督とのビデオ通話を通じて世界と初めてつながる。
哀しいつながり方ではあるが、
自分たちが置かれた状況を世界に知らせることで
援助の力が大きくなるかもしれない・・・
ファトマにはきっと、そんな期待もあっただろう。

見ていて何度も胸が締めつけられた。
何もできなくて、本当にごめんなさい。
パレスチナの悲劇はあまりにもつらい。

今起こっているイスラエル(アメリカ)による
パレスチナへのジェノサイド。
「アラビアのロレンス」まで遡って、この二国間、
そして世界の関わり方を見ているが、
もう理屈も歴史も正義も超えて、
ユダヤ人の消えることのないトラウマと被害者意識が
世界に向かって自分たちの正当性を主張し、
利害関係にまみれた大国と加害者意識を背負い続けなければならない
(と周囲からも押し付けられている)国との感情の戦いでしか
ないように感じる。

その永遠のスケープゴートがガザであり、パレスチナなんだ。

もはやパレスチナ、中東を専門とする研究者でさえ太刀打ちできない。

なんていう悲劇なんだろう。
なんて理不尽なんだろう。

神も仏もないなかで
神しか頼るものがない日常。

映像のなかで明るく話すファトマを見ていると
どうして自分を支えているのだろう・・・
そんな思いに駆られた。
時折沈んが表情を浮かべるファトマ。
これこそが現実なのだと思った。

なんとかして、彼女をあの場から助けてあげられないか
それはいつもガザの映像を見ながら
小さな子どもたちを見て思うこと。

そして、見ている自分も偽善者で
本当に嫌になる。

ファトマが残した言葉。
「もし死ぬのなら、響き渡る死を望む」。

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